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naomi
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先日のまた続きです。
Jhon Philip Sousa, American Phenomenonによると、スーザは1854年、10人兄弟の2番目で長男として生まれました。
一番上のお姉さんの後、2人子供が産まれ両方とも出産後すぐ亡くなっています。またスーザの後産まれた赤ちゃんも亡くなっています。
バイオリンを子供時代から習っており13歳で海兵隊に入隊させられた後、21才まで軍楽隊で2等兵っとして勤めました。(その頃の楽隊員は地位が低かったようです)
辞めたのは新しく赴任した指揮者と合わなかったようです。(新任式に彼の為作曲したマーチをスーザがその頃まだ無名というだけで、無視されたのが始まりのようです)
5年後に今度は指揮者として、海兵隊に帰りミディオーカーであった軍楽隊を最も有名な軍楽隊として活躍するまでに変えました。
その間沢山のマーチを作曲し アメリカ国内の演奏旅行もこなしました。スーザバンドが来る町は スーザの日として 学校や仕事が休みになり皆でバンドを聞きに行ったようです。
12年間勤めた後David Blakelyにマンハントされ独立して自分のバンドを持つようになりました。
尚、スーザの軍楽隊の後任はスーザの曲を(嫉妬の為)全く演奏せずついには 軍裁判にかけられてしまったようです。
スーザの独立直後の演奏旅行前半は赤字で 凄腕マネージャーだったBlakelyに後半の演奏旅行キャンセルを言い渡されてしまうなど 一寸波風のある出だしでした。
しかし持ち前にパッションと負けず嫌いで 押し通し後半は大成功をして無事終えることが出来ました。
スーザは ヨーロッパ演奏旅行を5,6回こなしアメリカのラグタイムを紹介したり、世界一周演奏旅行も行うなど大変精力的な活動を生涯行っています。
また彼は作曲家(演奏家)として優れているばかりでなく沢山の記事を新聞社に書いたり、音楽家の地位向上の為、政治舞台にも立ったり 晩年は 特に若い音楽家を育てるのに力を注いだりしていました。
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Date: 2007/01/21/14:20:02
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IP: 69.106.248.32
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